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工業デザインの練習帳

1988年生まれの工業デザイナー秋山慶太のブログです。

"Fabのそれから"トークショー再録

以前の記事にひきつづき、個展「想像力の部屋」トークショーを再録してみます。

 

今回は、ものづくり集団「電化美術」のリーダー中田さんと、Fablab北加賀屋の共同設立者の津田和俊さんをゲストに迎えた、「Fabのそれから」というタイトルのトークです。

このとき大阪勤務だった中田さんは東京に、同じく大阪で働かれていた津田さんは山口に、それぞれ引っ越しされています。そういう意味でも、このとき話を聞いておいてよかった。

文中で、「深圳がおもしろそう、行ってみたい」というトピックがありますが、翌年実際に行くことになるとは、このときはまだ思っていなかった。

 

連続トークショー「想像力の談話室」vol.3

「Fabのそれから」ゲスト:津田和俊 / 中田裕士

 

f:id:keita_ak:20170316211627j:plain

 

 

秋山 今日はFablab北加賀屋の津田和俊さん、電化美術の中田裕士さんをお呼びしてお話を伺っていきます。…まず乾杯をしましょうか。

 

津田 はい! みなさんグラスありますか?

 

秋山 では、想像力の談話室、第三回ということで、乾杯!

 

一同 乾杯!

 

秋山 …早速飲んでしまいましたね。(笑)

お二人の共通点は「fab」や「Make」というキーワードで表せると思います。ざっくり言うと、会社とか大きな規模でものをつくるのではなくて、もっと小さい規模でもものづくりはできますよ、という最近すごく認知されてきている活動です。今日はそれを実践しているお二人をお呼びして、新しいものづくりについてお話していただきます。

 

「Fab」とはなにか

 

まずはお二人の紹介をしたいと思います。こちらが「Fablab北加賀屋」という、大阪の北加賀屋というところにあるものづくり工房ですね。津田さんが運営に関わっていらっしゃいます。運営は何人でやっていらっしゃるんでしたっけ?

 

fablabkitakagaya.org

 

津田 ものを作りに来る会員がだいたい40〜50人くらいで、運営にも関わるメンバーが20人くらいですね。

 

秋山 大阪市の海沿いの複合施設というか、「コーポ北加賀屋」という場所の一角にFablabがあると。こんな感じで3Dプリンタなんかもあるんですよね。機械は今どんなものがあるんでしたっけ?

 

津田 樹脂を積層していくタイプの3Dプリンタと、シート状のものとかステッカーとかをカットするカッティングマシン、レーザーで材料を彫刻したりカットできるレーザー加工機、それからデジタル刺繍ミシンのようなものもあります。ラボの中で一番大きいマシンはCNCルーターというもので、家具とか、建築の部材のようなものも作れるものです。

  

秋山 なるほど。今ご説明いただいたような個人では買いにくい設備がみんなに開かれることで、今までできなかったようなハイレベルなものづくりが個人レベルでもできるようになってきてる。現在Fablabという施設は大阪だけじゃなくて、東京とか浜松、仙台にもあるんですよね。

 

津田 そうですね、国内で12カ所です。(2017年2月現在は18箇所)

 

秋山 …というようなことを始め、さまざまな活動をしている津田さんです。よろしくお願いいたします!

 

津田 よろしくお願いします。

 

秋山 もう一人のゲストの中田さんは、僕も所属している「電化美術」というものづくり/ことづくり集団のリーダーをやってらっしゃいます。役職名はCTOで…CTOって何の略でしたっけ?

 

http://www.denbi.org/

 

中田 「チーフ・テクノロジー・オフィサー」ですね。そういう役職を拝命しまして。(笑)

 

秋山 最高技術責任者ってことですね。

「電化美術」は、半年に一度のペースで自分たちの展覧会を行うことがメインの活動です。大阪市阿倍野区に「阿倍野長屋」というスペースがありまして、そこでやっています。「長屋を改装したギャラリー」とかじゃなくてほんとにむき出しの長屋なんですけど。(笑)

 

中田 2012年から半年に1回ペースでやっています。これは前回、2014年の年末に行った第6回の展示のダイジェストムービーです。

 

www.youtube.com

 

秋山 年末ですね。これもかなり押し迫った時期にやってたような記憶があります。

 

中田 直前まで予約してなかったのでそこしか空いてなかったんです。(笑)この時の作品は、コケを快適に散歩させるための機械とかインタラクティブな小便小僧、声を聞かせると水を出すメガホンなんかがありました。

 

秋山 電化美術は今までに6回の展示を行っていますが、「10回までやろう」っていう目標があるんですよね。なのでもう折り返しまできています。Fablabとかそういう新しいものづくりの形態を利用して、自分たちの作りたいものをつくるというような感じで活動しています。

 

中田 Fablab北加賀屋のレーザーカッターがなかったらできなかったという作品も結構ありますね。

 

秋山 さっき映像に出ていた「コケ散歩マシン」を作った伊賀さんは、Fablabのレーザーカッターを使いこなして毎回すごく複雑な機械を作っています。

それから、電化美術にはステイトメントのようなものもあります。

 

中田 「電化美術宣言」と呼んでいます。僕が勝手に書いたものなんですが。(笑メンバーは全員会社勤めしているデザイナーです。

 

秋山 Fablab北加賀屋も電化美術も、活動を始めてかれこれ3年目に入るかってところですよね。

 

津田 そうですね。パーソナルファブリケーション(個人的なものづくり)の拠点をFablabって呼んでるんですけど、「ファブ」っていうと日本だと「ファブリーズ」が先に出てくると思うんですけど(笑)ファブリーズじゃなくてまずは「ファブリケーション(Fabrication)」ですね。作るっていうこと。それから、ファビュラス(Fabulous)楽しいとか愉快とかっていうこと。それから後は「ファブリック(Fabric)」ていう意味もあります。織っていくということですね。

 

秋山 あ、「Fabric」も入ってるんですか。

 

津田 「Fab」っていう単語にはそういった色んな意味が込められていて、加えて「実験する工房」なので「ラボ」をつけてFablabという名前になってます。

自分たちがFablabを関西で検討し始めたのは2012年なので、さっきも出てましたけど電化美術と同い年くらいですね。2013年から先程のコーポ北加賀屋という場所に入居して、2年くらいになるんですけど。

 

中田 やっと大阪にもできたかという感じで。できてすぐにレーザーカットを使いに行ったんです。

 

津田 そうですね、展覧会前に。

 

中田 駆け込んで行きました。

 

津田 なので自分たちとしてはそれくらいからなんですけど、Fablabという活動自体は結構前から行われてます。2002年に始まって、現在は97カ国、1000施設以上に広がってきています。なのでもう10数年の蓄積があるんですね。

 

fabcross.jp

 

もともとは1998年ぐらいに、MIT(マサチューセッツ工科大学)の授業で「How to make almost anything」っていう「色んなものの作り方」を学ぶ授業があったのが始まりです。つくりかたの授業をやってみると学生が教授の手を離れてそれぞれ面白いものを作り始めるというので、それをもうすこしアウトリーチ—つまり大学の外でやってみようというので始まったのがFablabなんです。今ではMITだけじゃなくてほんとに色んな国、色んな地域で立ち上がって来て、それが繋がっていると。

 

秋山 MITというのは元々ものづくり系の大学というわけではなく、美大とか工業高専というわけではなく、理系の大学なんですよね?そういうところからムーブメントが出て来たというのが個人的にはおもしろいなぁと。

 

津田 その元となった授業では毎回ものを作るんですね。毎週講義があって、そこで出た課題に沿って作ってきて、次の週に発表するっていうようなことを繰り返すんですけど、面白いのが造形系と実装系を一緒くたにして授業を進めることなんです。

さっきおっしゃってたみたいに、日本だと工学部とかにあるものづくりと造形大とか美大とかでやるものづくりって完全に分かれているけど、それが交互にカリキュラムに組まれているんですね。3Dプリンティングの授業があれば、基盤をつくる授業があったり。また、造形の方法やミリングマシンの授業があったりとか。それがMITの授業としてだけではなくて、世界中にあるFablabから受講できるようになってきた。それがFabacademyと言って、現在5年目です。

 

手仕事とテクノロジー

 

秋山 (スライドを映しながら)これがその時に作られた作品ですよね。津田さんがFabacademyを受けていた時の画像とか資料とかがアーカイブとしていろいろインターネット上にアップされてまして、そこから抜粋したものなんですが、言ってみれば背負子のようなものを作られたと。

 

Kazutoshi Tsuda | project presentation (Jun 4) | Fab Academy 2014 |

 

津田 そうですね。秋山くんもそうなんですけど、僕も民具とか民藝とか好きで。民藝館とかみんぱくとかによく行くんです。今日もみんぱくに行ってきたりとかしてました。

 

秋山 えっ、そうなんですか? うらやましい。

 

津田 この背負子—背負子っていうのは芝を刈って乗っけたりとかという道具ですけど—それが写ってる左の写真は、僕の大叔父が撮影した写真で、1960年代ぐらいの写真なんです。行商が色々な荷物を背負ってものを売りに来ている写真ですね。それからこれがさっきの、作ったものの最初のスケッチ。Fabacademyではアナログからデジタルまで色々な作りかたを学ぶ授業をするんですが、その中に僕はもう少し手仕事や手技みたいなものも入れていきたいと思ってたんです。

右側の写真は藁をなっているおばあちゃんの手なんですけど、そういう藁をなうとか木を組むとか紙を折るといった作業と、デジタルファブリケーションの作業というのを組み合わせていきたいなと。そういった動機で作ったものですね。

 

秋山 右側の藁をなっている写真のキャプションを見ると「My grandmother’s hand」って書いてあるんですよね。津田家の歴史が出てるなぁという。津田さんの面白いところは、岡山の山奥の村で生まれ育ったっていうところがひとつあると思うんです。身近にナチュラルにそういった自然や手技というのがあったと。僕の生まれた場所は神奈川の相模原っていうところで、表情の少ない新しく作られた郊外って感じだったんですけど、だからこそか手技や自然のものに惹かれていったんです。それをナチュラルにやっている津田さんにすごく興味をもちまして、お呼びして来て頂いたという次第です。

次に、中田さんにもスライドをご用意していただいています。

 

中田 はい、電化美術のCTOをやってるだけあってテクノロジーとかメカトロとか大好きなんですけど、学生のころからメディアアートをやっています。今まで大体、テクノロジーと人間の知覚みたいなものを絡めた作品を作ってきています。「人間が情報をどんな風に捉えてるのか」とか、「人間のふるまいの根本にある性質」みたいなところに興味がありまして。人間工学の勉強もしてたりするんでけど、そういった要素を転用した作品をよく作っています。(スライドを見せながら)これは最近作ったものの事例紹介なんですけど、「傘の家IoT」という名前の作品で、前回のデンビでも展示してたものです。基本的には置物なんですが、「ネットに繋がって動く置物」になってます。

 

傘の家 IoT | 電化美術

 

秋山 「IoT」っていうのは何の略なんでしたっけ?

 

中田 「Internet of Things(もののインターネット)」の頭文字をとったものなんですけど、日常に置いてある調度品とか、身の回りのものがすべてネットに繋がってインテリジェント化していったらどうなるか?みたいな技術コンセプトのことをIoTといって、最近ビジネスの中でもバズってるような感じですね。

で、僕は大学院の時も情報通信研究科っていうところにいたりしたっていうのもあって、「ネットに繋がるもの」っていうのにすごい興味があって卒制もそういうのを作ってたりしてたんですが、最近はそういうものがどんどん作りやすくなってるなっていうのを感じます。元々この作品(傘の家IoT)は、さらにそのひとつ前の電美の時に、インスタレーションとして作っていたものをもうちょっとプロダクトっぽく、IoTっぽく作り替えたというものなんです。

 

機能はすごく単純です。1時間おきにネットに自動的に天気予報を見に行くようになっていて、そこで確認した晴れ/曇り/雨の情報に従って、この傘を持っている腕を上げたりおろしたりするという、ただそれだけのものなんです。

「天気予報を見る」ということをするために、電光掲示板みたいなものを家の中につけたりわざわざテレビで見たりスマホで調べたりとかっていうんではなくって、感覚的には掛け時計だとか、温度計がかけてあるようなものにしたかったんです。それをちらっと眺めるみたいな。情報の取り方を考えて、今よりももうちょっとさりげなく自然に受け取れるようなものにできないかってことで作ってみたものですね。

 

秋山 (腕を動かすアニメーションを映しながら)こんな感じに動くんですね。

 

中田 これは早回しにしてますけど、こんな感じに腕の角度が三段階に分かれてて、1時間に1回、天気に変化があったときだけ腕がしれっと動くと。

 

津田 それ、僕のさっきの作品に搭載した方がいいですよね?

 

中田 え?

 

津田 雨が降ってるのが感覚的にわかるっていう作品でしょう?で、降ってきた雨を濾過して、貯めておいて、温熱殺菌して使う。組み合わせたら丁度いいでしょ。ね?

 

秋山 じゃあそれは次回の電化美術で。(笑)

 

中田 思わぬところから…コラボレーションが。(笑)

 

秋山 津田さんの作品がなんなのかということをそういえば聞いてなかったですね。(笑)今おっしゃっていただいたように、雨を集める背負子なんですね。

で、中田さんの作品ですが…、自分の作品をすごく面白い言葉で形容されていて、「ひかえめな」っていう言葉を使うんですよね。

 

中田 そうですね、先程言ったような電光掲示板のようなものだったり、機器が一生懸命情報を調べて表示させてというのではなくて、情報がただそこに存在しているみたいなもの。そういうありようを探求したいっていう気持ちがあります。「ひかえめ」っていうキーワードは十年来使ってるキーワードなんですけど。

 

秋山 インターネットの中田さんのウェブサイトも「hikaeme.net」で。ツイッターのアカウントも@hikaeme。だからものすごい徹底されてますよね。

 

中田 そうですね。他の言葉で言い換えるとアンビエントとか。あともっともっと「情報なのかそうでないのかギリギリのところ」っていう意味で「マージナル」っていう概念もあったりするんですけど、そういうところを探っていきたいなっていうのが自分の中での作品作りのひとつのテーマになってます。

 

秋山 アンビエントっていうのは環境という意味、マージナルっていうのはものとものの間にあるすき間っていうような意味ですよね。

 

中田 「ここまでが情報で、ここからが情報じゃない」みたいな、ぎりぎりの「際」みたいなところ、カテゴリー同士の中間のあいまいなポイントみたいな、そういうあいまいな概念らしいんですけど。「マージナル・ミュージック」というのがあるらしくって。それがヤバいんです。(笑)

 

秋山 聴いて面白いんですか?それって。

 

中田 街の音とか、秋山くんが集めてたみたいなものが素材なんです。それを更に音量を絞って、聴こえるか聴こえないかぐらいのものを音楽として聞かせたり…。よく分かんないっす。よく分かんないんだけどすごく惹かれるところがあって。

 

秋山 それから、中田さんの作品ってある面過激というか、シニカルなところもありますよね。

 

中田 もうひとつ自分の興味のあるところが、「テクノロジー」と、「それは人を幸せにするものかどうか」っていうところなんです。さっきの作品みたいに、「ネットとか使って暮らしがこんなに楽しくなりますよ」ということを裏側から見てみようみたいな。揺り戻しじゃないですけど、そういうことも一方でやっています。企業のなかで、「新しくて」「快適で」「健康で健やかに過ごせるものを作りたい」っていう活動をしている一方の反動みたいなところもあって。

 

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基本的に、エレクトロニクス産業では「新しいことが良いこと」で、こんなにものが進化しました、あれもできます、これもできますということを言うんですが、それに疑問を投げかけることをしています。これは学生の時に作った作品で「Sinktop」というアート作品なんですけど、「日本の大手メーカーが開発した、世界初の画面とマウスがついたキッチンシンク」という設定のものです。従来、水は蛇口をひねって出していたものを、Sinktopにログインして、水出しアプリを立ち上げて、出すボタンを押すと水が出ます、というものなんですね。

 

津田 水を集めるのは僕の作品で…。

 

一同 (笑)

 

中田 思わぬところからまたコラボレーションの種が!

 

秋山 やっぱり今は水なんですかね。(笑)

 

中田 これが、アルスエレクトロニカっていうオーストリアのコンペで学生のときに賞をいただいて、一緒にやってたのが吉田くんっていう、いまテクノ手芸部とかで活動してる人だったりするんですけど。で、アルスエレクトロニカのオープニングイベントで、ネットワークにつながっているSinktopを使って、ミキサー25個を制御するっていうオープニングアクトをやったんです。多機能なキッチンシンクなんで、こういうこともできますよっていうパフォーマンスをやったりしました。

 

www.youtube.com

 

秋山 皮肉りかたが本当すごいんですよね。Sinktopホント傑作だよ!みたいな。ある面でそれは、現代の工業製品はホント傑作だよっていうことにもなっていて。

 

 

「今あるもの」を疑え

 

中田 メーカーが言うことをもうちょっとみんな疑った方がいいですよっていう考えに基づいて作っているんですけど。例えばこれ、Sinktopを使うにはまずログインする必要があります、悪者に使われないようにこんなにセキュアになってますよっていう説明なんです。すごい桁数の多いパスワードを入れてからでないと水が出せなかったりだとか、あるいはネットにつなげて遠隔で水を出すこともできますよ、出先からキッチンの水出したいですよね?っていう。

…本当にそんなことあるの? っていう作品を作ってたりしてます。

 

この作品でもう一つ言いたかったことは、「道具がブラックボックス化している」っていうことに注目して、今までだと蛇口をひねると水が出ますよっていう、ノブをひねると水が通るすき間ができて水が出るというメカニカルな仕組みによって水を出していたところを、そこに電子機器が介在することによって、操作することによって引き起こされる結果が自由になった反面、操作と反応の距離が遠くなってしまったってことが言いたかったんですね。ユーザーインターフェースの考え方もそうなんですけど。

 

秋山 確かに、蛇口をひねれば水が出るし、ドアノブをひねって押せば開くっていうのは、みんなが知っていることなんですけど、例えばパソコンのボタンのどれを押せば何が起こるっていうのは、もともと知らないことですよね。いろんな道具がそうなっちゃったと。

 

中田 僕が今仕事にしているユーザーインターフェースデザイナーが「そう決めたから」そうなっただけのことなんです。「このボタンを押したらこうなる」っていう意味付けは、物理現象としては筋が通ってないんですけど、人が決めたルールに従って決まっている。画面上に出てくるボタンにマウスのカーソルを近づけていってクリックしたっていうところから実際に水が出てくるまでにいろんな技術的な要素の積み重ねがあるんです。

今のスマホとかをとってもそうだと思うんですけど、日常使うものの技術が高度化していて、もののメカニズムをすべてのレイヤーで理解して使っている人っていないんじゃないかと思うんです。テクノロジーが高度になることで、ある種中身が見えなくなってしまった。みんな中身を理解しないまま使っているっていうことにもっと疑いを持ったほうがいいんじゃないの?っていうテーマだったんですよね。

 

津田 あの、少ししゃべっていい?

 

秋山 どうぞ!しゃべってください。

 

津田 秋山くんのこれ(「別世界のためのラジオ」という作品)もそういうことですよね。ブラックボックス化して見えなくなってしまったものを見えるようにしてみようっていう。

 

http://keitaakiyama.com/post/90947471810/別世界のためのラジオ-radio-for-outer-world-2014

keitaakiyama.com

 

秋山 そこに置いてある作品はラジオをテーマにした作品なんですけど、流木の上に電子回路を直接釘で打ちつけてあって、こんな見た目だけどラジオとして鳴るっていうものです。

電気製品って、今はお店に行けば綺麗に四角くパッケージされたものが買えると思うんですけど、なんでそうかっていうと、そのための仕組みが整っているからで、例えば大災害があったりとかそういうことが起きたときには、そんなことやってる場合じゃない、そういう設備を整えてる場合じゃないっていうことがあると思うんですよね。でもそういう時にも、なにか情報を得たいっていうことはある。

そのためにものを作るとしたら、身の回りにある機械から部品を取って、それをプラスチックのきれいな箱に入れるんじゃなくて、例えば木の板みたいなものに釘でガンガン打って回路を作るとか、そういうことをするんじゃないかなと思ったんですよね。それを作品にしてみたというようなものです。そんななりをしてはいるんですけど、一応FMが聴こえる…いや本当ですよ、聴こえます。

 

津田 これで言うと、バリコン(周波数調整のつまみ)を回すのが入力で、出力としてラジオが聴こえるっていうのがあるんですよね。

 

秋山 この3人の共通点って、多分そういう「文明の利器」みたいなものに対してすごく懐疑的であるっていうか、みんな現代のものを当たり前に使ってるけど、それ以外あるんじゃない?って考えてると思うんですよね。三者三様のアプローチで、それに対して立ち向かっていくっていうか。

 

津田 「立ち向かっていく」…すごいですね。(笑)

でもそうですよね。僕もさっき紹介してもらったみたいに、岡山の人口1000人ぐらいの村で生まれたんですけども、子供のときはまだ五右衛門風呂だったんですよ。薪を集めてきて風呂を沸かすとか、くみ取り式の便所だったりとか。それがどんどん電化されていく。それはそれで喜ばしいんだけど、ずっとその方向でいいのかっていう。

 

秋山 うーん。

 

津田 前に電化美術にコメントを寄せたとき、「電化することそのものが文化だった時代は過ぎ去り〜」っていうことを書いたと思うんです。「〜これからは文化としての電化を考えないといけない」みたいな。で、今電気ガスを解約して2年経つんですね。(笑)でも今んところ僕は蛇口をひねると水が出る生活をしてるんですよ。水道インフラだけはあって。電気ガスを解約して面白かったのは、「水」ってやっぱすごいなあと気づいたことです。水があれば衛生を保てるし、いろいろ洗い物ができるし。でも水道も辞めてみられるかなと思って作ったのがさっきの作品なんです。

 

秋山 そういうことだったんですね。

 

津田 雨水を集めて生活をしてみようという。その作品を作っていくときに「道具のブラックボックス化」っていう話があったと思うんですけど、Fabacademyっていうところではブラックボックスの中身がどうなってるのかを学ぶ授業をするんです。

(自作した基板のスライドを見せながら)秋山くんが作ってるのと同じような基板をこうやって作っていくわけです。さっき紹介したFablabにある機材だけで全部作れるようなものなんですけど、こういったものですね。

 

中田 すごいですね。基板を削るところから自分でやるっていう…。

 

秋山 この基板が、津田さんの作品の頭脳にあたるところなんですね。

 

津田 「道具に情報を入力する→道具から結果が出力される」という流れの「→」の部分ですね。今の道具では覆い隠されてしまって見えない部分。入力だったら、スイッチ入れたりセンサーを使ったり。それを受けてアウトプットは、光る、水が出る、動く、音が出るとか。コンピュータもそうですし、身近にあるものってみんな「インプット→見えない部分での処理→アウトプット」っていう流れで動いてるんです。で、そこを見えるようにしていくということですね。

 

秋山 デザインの分野での有名な格言みたいなものの一つに、「形態は機能に従う」っていう言葉があるんですね。例えばはさみだったらものを挟んで切るのに適した形をしているし、ドアだったら押せば開くという形をしているとか。ものの機能が自然に分かるかたちがいいかたちですよっていう考え方があるんですけど、パソコンとかが発明されちゃって、ある意味でその言葉はぶっ飛ばされちゃったという感じですよね。

 

中田 必ずしも機能に従わなくても形態が作れちゃう。

 

秋山 ということですよね。だってこんな四角い板(iPhoneのこと)をさすったらメールが送れるとか、わけわかんないし。(笑)でも実際それができる。

 

中田 まったく物理法則に従っていない製品がいっぱいあると。

 

文化としてのものづくり

 

秋山 という感じで、津田さんがビールを補給したところで…。

今日、3つの質問を設定させていただいてまして、僕がお二人にぜひとも聞きたいなと思ったことをリストアップしてきました。ひとつめは、

・Fablab(あるいは、FabとMakeの文化)が生み出すもののどんなところに魅力を感じていますか?

ということ。

2つめは、

・Fabは工業的生産に取って代わるだろうか?

それから最後の一つ、これが多分今日の一番アツいテーマになると思うんですけど、

・「大量生産以前のものづくり」—さっき津田さんのおばあちゃんが縄をなってものをつくるようなことと、Fab/Makeの文化はどんなところが同じで、どんなところが違うのか―ということ。この3つを聞きたいと思っています。

  

まず1つ目の質問なんですけど、Fablabが生み出すものって、工業的生産というか、お店で売ってるものとは違いますよね。それぞれ良さがあると思うんですけど、どんなところが良いのかなあと。デンビの作品もそれに含まれるわけですが、何が良いんだろうということを聞きたいです。

 

中田 僕はFablabが生み出すもの自体もそうなんですけど、Fablabが創りだした社会の流れの変化にもすごく魅力を感じてます。「ものづくりの民主化」という言い方もされたりしますけど、先ほどの話題にもあった、ブラックボックス化された製品の中身をいかに出していくかとか、ものづくりを自分たち(消費者)の手にもう一度取り戻すという思想、これがFablabのやっていることのムーブメントの根幹にあるのかなと思っています。

20世紀型の産業のなかで今まで形成されてきた経済の流れだったり社会のしくみみたいなところをちょっとずつ変えていっているんじゃないかと思ってるんです。

大量生産を推し進めるなかで、会社の中で機能ごとに部署を分けていろんな専門家を集めてものづくりを効率化していった…。

それによって起こったのがブラックボックス化だと思うんですけど、Fabの文化は部署とか役割分担とかそういうカテゴライズを曖昧にしていってる。そこに魅力を感じてます。

例えば、「エンジニアさんが機能を作って、デザイナーはそれに購買意欲を喚起するようなお化粧を施す」というような専門家集団による分業によって、うまいこと20世紀後半ぐらいまではやってきてたと思うんですけど、その状況がちょっとずつ変わりつつあって、従来で言う「これはデザイナーの仕事」「これはエンジニアのやること」みたいなことを分けないでやる、全部まぜこぜにして一回見てみようというふうに変わってきている。その流れの中に身を置いていることにすごくワクワク感を持ってるんです。

 

秋山 僕も会社の中で「魅力的なガワを作る」仕事をしていますけど、専門家が集まった縦割りの企業で仕事をしていると、僕は技術の人のやっていることは完全に理解していないんです。営業の人のやってることについても、売っているってことはわかっても、どうやって売っているかってことはちゃんとは分かってない。でもFablabとかそのコミュニティの中では全部分かるわけですよね。あるいは全部ぐちゃぐちゃになっていて分からないとも言える。

 

中田 Fablab北加賀屋に遊びに行くとすごく面白いんですよね。みんな何かしら作業をしているんですけど、3Dプリンタで立体物を造形している人がいれば、その横で刺繍ミシンを使ってきれいなパターンを刺繍している人がいたり。あそこに行って「何してるんですか?」って聞くのがすごく面白いです。

 

秋山 実際にFablabを運営されてる津田さんにとっては、Fablab北加賀屋は「自分ち」なわけですよね。自分ちの良さってどんなところにあると思います?

 

津田 もう、いま説明してもらった通りです。過不足ない! 過不足ないですね。(笑)

いや、実は詰まった時のためにちょっとメモを持ってきたんですが、見てもらったら分かるんですけど過不足ないですね。

 

一同 (笑)

 

津田 だからどうしようかなって思ってるんですけど、(笑)みんぱくの館長もされていた梅棹忠夫さんが、「文明」っていうのはどんどん収斂(一点に向かって収束すること)していくんだけど、文化は多様化していくということを言ってます。大量生産も収斂していく方向に行くんですよね。それに対して、Fablabはカテゴライズできないものとかハイブリッドにぐちゃぐちゃになっているものとかを作れる、作ってもいい場所なんです。機材もそういう風になっているし、いる人もいろいろですね。僕たちのFablabで言うと、行政で働いていたり、教育機関で働いていたり、企業で働いていたりそれぞれしているんだけど、その人たちが週末に一個人としてやってきて作業していると。

 

秋山 すごくミックスされている感じがしますよね。年齢層的にもすごくいろんな方がいらして。僕みたいな20代の若造がいると思えばもっと上の年齢の方もいますし、別け隔てなくというか、いろんな方が集まっている印象がありますね。

Fablabっていうのは本当に面白いところで、企業が作れないようなものを生み出す可能性を秘めていると思うんです。企業でのものづくりでは、「すごくしっかりした、綺麗で良いもの」が作れるんだけど、逆に「全然しっかりしていなくて、綺麗じゃなくて、でも魅力を持っている」っていうものを生み出すことは難しいんですよね。そのための素地になるというか…。

 

津田 まだ価値が見出されてないものが生まれてもいっている。で、周りの人がそのプロトタイプだったりつくりかただったりを見て価値を見出していくというプロセスがあるんですかね。

 

秋山 売ってるものって「いいもの」しか売ってないんですよね。みんないいものしか買ってくれないから。必ずしも「もの」っていうのは、いいもの、価値のあるものだけであるべきだっていうことはなくて、変な言い方ですが「良くないもの」ってもっとあっていいと思うんですよね。触ると壊れるとかすぐ故障するとか。でもなにか、お店で売っている画一的なものとは違った魅力があるもの。そういうものがもっと増えたらいいと思うんですよね。

 

中田 あとはその、メーカーさんが見放しちゃったような、ディスコン(製造中止)になってしまったもの、例えば掃除機のホースのジョイントとかを3Dプリントしている人がこの前いて、わぁーっそれすごい良いなと思って。だいたい企業の中で製造物に対してパーツを保存しておかなければいけない期間が決まっていて、それを過ぎちゃったらパーツが壊れて替えの部品がなかったとしても文句言えないみたいなルールがあるみたいなんです。

企業の方にも長期間在庫を抱えておかないといけないというリスクがあるのである意味しょうがないと思うんですが。でも、そうやって道具を直している人も見かけて、Fablabがちゃんとしたものも作っている…!って。ちゃんとしてないものも面白いし、そこも魅力の一つだと思うんですけど、ちゃんとしてるものも作れるっていうことも魅力だと思います。

 

秋山 生産能力あるよっていうことですね。

 

津田 もうひとつ付け加えると—テクノロジーを批判的に見るっていう話がさっきあったんですけど—技術に使われないようにするという側面もあります。テクノロジーが何のためにあるかっていうと、人が成長するためにあると。スマート家電とかって言われて機器が賢くなるって言うんですけど、賢くなるのは僕たちであるべきなんですよね。機器を使うことによって、あるいは作ることによって、人の方が賢くなれるような技術の使い方というか、それを模索していけたらなあというのがありますね。

 

秋山 確かに、使えば使うほどアホになるような技術ってあるような気がするんですけど。ネットサーフィンでまとめサイトを見れば見るほどアホになるみたいな。好きだし見るんですけどね。

 

中田 アメリカは国策的にそういうことを言ってたりしますよね。オバマがプログラミングの勉強を推奨したりとか、ホワイトハウスMaker Faire(パーソナルファブリケーションのお祭り)をやったりとか。行政というか、政府としてもそういうところをバックアップしていこうという姿勢が見て取れるんですけど…。

 

津田 アメリカだと「STEM教育」って言われるんですよね。サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、マスマティクス(数学)。それにアートが入ることもあるんですけど、その分野の教育を政策として入れていこうというのはやってますね。でも日本でも、経産省のプログラムでも、「フロンティアメーカーズ」みたいな事業をやって、ハコとかものではなく、人材育成にお金が行くように徐々になってきていますね。あとはもう少し、初等教育というか普通の教育に「つくる」ということを入れていこう、という運動を進めているFablabのチームもいますね。「FABED」というチームも毎月ミーティングしたりしてますね。

 

makezine.jp

 

Fabの力

 

秋山 そういうことがある中で2つ目の質問をしてみたいんですが、「Fabは工業的生産に取って代わるだろうか?」っていう、これってかなり意地悪な質問だと思うんですよ。いまお二人がおっしゃっていったように、どんどんFabの力は大きくなっている。

ある意味歴史の流れをひん曲げるようなムーブメントでもあると思うんですけど、一方で企業のものづくりってすごいじゃないですか。僕がデザインしたものが10万個とかできちゃうわけです。それって大変なことで、今みんなが生きてることってそのおかげでやってられるわけですよね。

Fablabのリーダーたち、推し進めている方々は、将来的には「Fab社会」が来るだろうという構想を持っていたりするんですね。みんなが自分の好きなものをちょっとずつ作れるようになって、今の大量生産、大量消費、余った分は大量に捨てられるということじゃなくて、もっと最適化された、必要なところに必要なだけものが行く社会が来るんじゃないの、っていう話をしているんですよね。それは現実味を帯びてるんだろうかということをお伺いしたいです。

 

中田 僕は、結論から言うと取って代わることはないだろうと思ってます。新しい選択肢が増えるっていうことはもちろんあるし、それに期待もしてるんですけど、実際問題あれだけでかい企業の中でそれぞれの専門家が毎日10時間とか費やして設計したりデザインを施したりしているから、ものとしてはちゃんとしたものができると思うんですよ。それはいくらFablabがあっても、素人が一朝一夕に作れるものではない、というスキルの問題がある。量産するものって一つ一つ手作りで作るより安く作れるというコストの話もあるし、それから材料の問題もある。先ほど言ったみたいな、「壊れた部品を3Dプリントする」とか「オリジナルのコップを出力する」とか「CNCで木を切り出してスツールを作る」とか、そういうのはすごく可能性がある分野だと思うんですけど、そうならない分野ももちろんあって、SamsungとかAppleが作っている電子機器の最先端のプロダクトっていうのは、部品自体もストックしておけないし3Dプリンタや基板を削る機械があったとしても実現できない。そういう部分でできるものとできないものっていうのはやっぱりあって。だから、選択肢としてはあるけど「取って代わるもの」ではないと思いますが、津田さんどうでしょう?

 

津田 これも、過不足ないですよね。(笑)ほんとにほんとに! メモに書いてるから。「取って代わるというよりは、生産システムの多様化」って書いてある。

 

秋山 いま中田さんがおっしゃっていた内容ですよね。

 

津田 そうでしょう?(笑)

 

秋山 だからFablabとかのムーブメントっていうのは、文明を「前に進める力」じゃないんですよね、そもそも。横に広がるとか、あるいは後ろに行くとか…。「もっといろんな選択肢があるよ」っていうことを示してくれる力だと思うんですよね。津田さんもこの前一緒にお酒飲んでたときにそんなことをおっしゃってたと思うんですけど。

 

津田 生産システムは確かに多様化するんですけど、僕は資源循環とかサスティナブルデザインとかを専門に研究してるので、目標としてさらに「資源消費を減らす方向に持っていきたい」というのがあるんですよ。だからいろいろ選択肢はあるんだけども、それを淘汰するというか、評価する仕組みを合わせて作っていかないといけないという風に思ってるんですね。

「どういうつくりかたが適正か」っていう問題もこれからどんどん考えていかなきゃいけなくて、例えば量産に向いているものと向かないものがあるとか、かさばるものとか移動にコストがかかるものは現地調達で作る方が向いてるだろうし、逆に集積回路とかは一箇所で集約的に作るほうが向いているだろうし…そういったものの組み合わせだとは思うんですよね。Fablabでも、「量産」というものとどう折り合いをつけるかっていうことが議論され始めていて、毎年やってる国際会議も—去年はバルセロナ、今年はボストンでやってて、来年は中国の深圳でやるんですけど—それはなぜかっていうとやっぱりそこの話なんですよね。量産品とそうじゃないもののハイブリッドをどう考えていくかということだと思いますね。

 

秋山 深圳っていうのは今とってもアツい都市みたいですね。

 

keitaakiyama.hatenablog.jp

 

津田 そうですね。香港のすぐそばですね。

 

秋山 で、そこへ行くと日本では考えられないようなスピードで設計とか試作とかができるっていう話。日本の秋葉原が何十個もあるような規模でそういうところがあるみたいで、一回行ってみたいなと思ってるんですよね。

 

中田 デパートみたいな規模のところでワンフロアLEDしか売ってないようなビルがあるとか…。どんな街なんだろうっていう。その街にいれば徒歩何分圏内で欲しいパーツがすぐ手に入って、ハードウェアスタートアップの人たちがそこで材料を買ってきてすぐプロトタイプを作って、ということを繰り返してものを作っているという話を聞きますね。

 

津田 ツアー組もう、ツアー。うん。

 

ch.nicovideo.jp

 

大量生産の夜明け前と夕闇

 

秋山 それでは最後のトピック、ここにちょっと時間を割きたいなと思っているところなんですけど…。

大量生産って、今幅を利かせてる感じじゃないですか。お店に行ったら大量生産された製品が買えるし、カフェに行ったら大量生産されたグラスで水が出てくるし、みたいな。でもそういう風になったのって、言ってみればわりと最近の話なんですよね。「地球の歴史の中で人間が生まれたのはすげえ最近のことだ」って言われたりすると思うんですけどそれと同じで、ものづくりの歴史の中で大量生産が生まれたのもすごい最近だなあって。

言ってみたら200年ぐらいしか経ってないわけですよね。その前は自分の手で作るものづくりがあって、村の中で作るのがうまいやつが何かを作って誰かにあげるとか、あるいは街で自分の作ったものを売ってそれを商売にするとか、そういう世界があったと。

大量生産から派生したFabとかMakeとかっていうものも、ある面ではそういう性質を持ってますよね。例えば僕が中田さんちに棚を作って持っていくとかそういうことができる。でもその2つの間にはなにか違いがあると思うんですよね。昔はあって今は失われたものもあるし、逆に昔はなかったけど今はできることがあるっていう。僕は大量生産に関わる工業デザイナーをやっているんですが、その前後にすごく興味があるんですよね。大量生産以前と以後。そのことについて、この二人だったらなにか良いこと知ってるんじゃないかなと思って…津田さんどうでしょう?

 

津田 さっきの「得意な人が隣の人に作ってあげる」っていう話、秋山くん第一回のときもしてたんですよね。熊さんと八っつぁんの話ですよね?落語の登場人物の。落語は面白い寓話を沢山含んでるんですが、その中に酒を樽から売る「花見酒」という話があるんです。一つの樽から熊さんが酒をすくって八っつぁんに売って、また八っつぁんがすくって熊さんに売って…みたいな。ちょっとのお金が二人の間を行ったり来たりしてある意味経済が回るんですけど、どんどん樽の酒はなくなっていくっていう。その問題ってけっこう重要だと思うんですよね。

今のものづくりの置かれている状況…背景というか。「つくること」の背景には資源消費があるわけで、そことどう折り合いをつけていくのかっていうのが僕の関心なんですよね。これに入る前にそれをちょっと言っておこうと思って。

…僕もだから酒をね、資源消費してるんだけど…。

 

一同 (笑)

 

秋山 さっきの、LEDばっかり売ってるビルがいっぱいあるっていう深圳の話もそうなんですけど、その背後にはその引き換えだけの環境汚染があるはずなんですよね。天国みたいなものづくりワールドがある一方で、絶対その裏には地獄みたいなところがあるっていう…。つくる人はそれを絶対考えなきゃいけないなと思います。僕の生まれた神奈川の相模原っていうところは昔は桑畑ばっかりだったんですが、そこを開発して工場ができて、その周りにパチンコ屋ができ、国道の周りにファミレスとかができて、駅ができて…っていうような町なんですよね。相模川っていう川が流れてるんですよ。そこにだんだん近づいていくと、その途中に産業廃棄物処理場がいっぱいある一帯があるんですね。

そこに行くと…すごい気持ちになる。自分がものづくりを始めてからは余計そうなんですけど、車とかのスクラップがブワーっと積んであって、その迫力がすごいんです。夢の島とかとはぜんぜん比較にならないけれども、集められちゃったゴミがあって、それを作っちゃったのは自分たちであるという。すごく責任を感じます。

でもそこで面白かったというか…それはそれで恐ろしかったことがあるんですけど、10年前くらいのゴミの山が草に完全に覆われちゃってるんですよね。ぱっと見は古墳みたいな草に覆われた山になってるんですけど、よく見るとその緑色の塊の中身は草じゃなくて、ゴミの塊を草が覆い尽くしているだけだということが分かる。そういうある種壮絶な世界を作り出しちゃってるんですよね。その…工業デザイナーとか、あるいはエンジニアとかは。それをいつまでも続けていくわけにはいかないよなあと思いますよね。

 

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中田 数字だけ見てると、「こんなに冷蔵庫とかテレビとか作って売れるの?大丈夫なの?」っていう…まあ大丈夫じゃないところもあるんですけど、実際消費って恐ろしい…。

 

秋山 恐ろしいですよね。だって「去年は10万個作ったから今年は12万個作りましょう」っていうことにしないと会社は潰れるじゃないですか。

 

中田 そのやり方自体が狂ってる。(笑)

 

秋山 先週ここに来てくれた筆谷さんっていうすごく優秀なデザイナーがいるんですが、会社に入った時に「全員狂ってるんじゃないかと思った」みたいなこと言ってて、でもそれって自然な感性だったらそう思わざるを得ないようなところはありますよね。

 

中田 製品を買っていただいた方がある程度の幸せを手に入れてるという事実がある一方で、それだけ廃棄物が出てるっていうところは、常に責任というか後ろめたさを感じながら…。

 

秋山 やってるところがありますよね。企業で仕事をすることが悪の組織の一員になったかのような感覚を覚えることがあります。企業の活動を大局的に見たら、良いこともあるんだけど悪いこともあって、それに自分は積極的に加担しているんだっていう。その中で、自分のクリエイティビティを発揮させたいという欲求を満足させてるだけなんじゃないかと思うことがありますね。

 

中田 企業は良いことしか言わないし、これを買ったらこんなに楽になりますよ、今までできなかったこんなことができるようになりますよっていうことばかり伝えようとするんですよね。それで「ああそうなんだ、じゃあこっち買おう、できないやつよりできるやつを買おう」みたいな。それに誘導していってるという行為に加担しているという…。

 

秋山 津田さんはそういう「業の深い我々」をどういう気持ちで眺めているんでしょう?

 

津田 いやいや、僕も業深いですから分かんないです。(笑)

 

秋山 津田さんの研究は、大量生産の生み出す負のループからものづくりを切り離そうとしているところはありますよね。ライフラインを絶って生活しているという仙人みたいなこともやってらっしゃるわけじゃないですか。その中で発見したことなどありますか?

 

津田 今の生活で使っているのは小型のソーラーパネルですよね。あとは手巻きのライトとかね。それをドアノブにかけておくんですよ。部屋に入るときはそれを取ってくるくるくるっとやって家に入っていく。毎日。

 

秋山 すごいですねそれ!

 

津田 でも大体おいてある場所は決めてあるんで分かるんです。あと「月」って明るいですから。この間も満月でしたけどその時はかなり明るいし、朝になったら明るいし。あとは、電化製品といえばひげ剃りを持ってるんです。トリマー。あんまり使ってないことは見れば分かると思うんですけど…。まあそれぐらいですかね。(笑)

 

秋山 ライフラインを断ち切ることによってある種便利で最高な社会からはドロップアウトしてしまうけれども、そこで排除されていたものが見えてくるということはありますよね。僕は、というか普通に生活してたら「この前満月だった」ということは分からないですよ。分かったらいいなと思うけど肌感覚としてそれを理解してないから…。でも、月の光を糧にして生活している人にしてみたら、絶対身にしみて分かるはず。昔の人ってみんなそうだったと思うんですが、菜種の油で明かりを灯して本を読むみたいな。その感覚をすごく失ってるんだなあと思いますね。

 

津田 あと水ですね。水の温度、冷たさ。

 

秋山 冬の間お風呂はどうしてるんですか?

 

津田 だから濡れタオルで局…衛生を保たないといけないところだけ拭くみたいな。勇気があるときは、心臓に遠いところから徐々に体を拭いていきます。(笑)でも勇気がない時がほとんどですから…。

 

秋山 でも冬はものが腐らないですから。生ごみとかもちょっとぐらいなら置いといてもいいかなって感じありますよね。夏はすぐ臭うけど…って、何の話でしたっけ。

 

中田 えー、「量産以前のものづくりとFabの共通点」。

 

津田 あ、それね、話しよう。インドに旅行してきた友達が僕の部屋見て「ガンジーの記念館みたいですね」って。(笑)ガンジーが言ってたことのひとつに「大衆による生産」というのがあるんですけど、大量生産以前のものづくりとFab以降の共通点って、やっぱり「大衆が作っている」こと。大衆とか、民具の言葉だと「民」ですよね。あるいは民藝運動柳宗悦の言いかただと「凡夫」みたいな。平凡な人。

 

凡夫の創作

 

秋山 そのへんのおっちゃんとかそういう存在ですよね。

 

津田 …が、作る。しかもすばらしいものを作るという話なので、共通点としてはやっぱりそういうところですよね。それがさっきの「ものづくりの民主化」だったり、「ものづくりを通しての民主化」かもしれないけど、一人ひとりが自分の物語で生きていけるっていうか。

 

秋山 さっきの「凡夫が作るもの」って僕は大好きで。河井寛次郎さんっていう民藝運動に関わっている陶芸家がいらっしゃるんですよね。その人の「火の誓い」っていうすごい良い本があって、その中に書いてある言葉でとっても好きな言葉があるんです。

…当時、河井寛次郎さんの家はある程度お金があるから書生さんを招き入れていた。彼は朝鮮半島から来た人で日本語もあんまり分かんないけど、身の回りのお手伝いであるとかちょっとものを作るというのをやってもらっていると。で、ひまな時にはだいたい何かを作っているらしいんですよね。いつもいつも何かを作ってるから河合さんがその人のモチベーションにすごく興味を持って、「なぜ君はそんなにいろいろ作ってるの?」みたいな話をするんですよね。すると彼は「はい、作ります」って言った。日本語が完璧じゃないからそう言ったのかもしれないけど、こういう理由で作ってますとかじゃなく「はい、作ります」という答えが出てきたことに河合さんはえらい感動しちゃった、っていう記述があるんですよね。専門教育を受けちゃった人って、ある意味「洗練されちゃってる」わけじゃないですか、良くも悪くも。

 

中田 Fablabに行くと、そういう「はい、作ります」の人たちがもうゴロゴロいるわけですよね。みんな新しい異分野にチャレンジしている人ばかりなので。この間は鋳造のワークショップをやってましたよね。

 

秋山 第一回の「インターネットは最高」で触れたネット上の作家さんたちも、なんだかそういう匂いがするんですよね。これを達成するために作ってるとか、自分が有名になるために作ってるとかそういうことでは全然なくて、「なんか作っちゃう」。作っちゃったから売っちゃって、それが売れちゃってすごく人気が出たみたいな。

ゲストで来られてたhima://さんの話にもあったんですけど、自分が作ったものが人に届いて、それによってその人がすごく救われたというリアクションをもらったと。それっていうのは、大量生産の中で失われちゃったものの一つだと思うんですよね。もちろんご愛用者はがきみたいなもので「すごくいい製品でした、ありがとう!」とか、価格.comのレビューで「これはお買い得ですよ」っていうコメントがつくことはあるんですけど、例えば「あなたの作ってくれたもののおかげで、私はずっと引きこもりだったんだけど家から出られるようになりました」とか、そういうガツンと来るインパクトみたいなものは残念ながらなかなか大量生産では提供することはできない。

だけど、Fabであるとか、インターネットの向こうの有象無象のクリエイターはそういうことができると思うんですよね。今後、もっとそういう人たちがどんどんどんどん増えて言ったらいいなあと僕は思うんですけど。なんだか魅力的ですよね。そういう妖怪百鬼夜行みたいなクリエイターの群れっていうのは…。

 

arcade.sakura.ne.jp

 

中田 誰でも簡単にネットショップを立ちあげられるサービスとか、そのための仕組も新たに出てきていて、今までの「ものを作って流通させる」という素人には難しかったこともできるようになってきているので…。「凡夫が作る」っていう意味ではFabと大量生産以前のものづくりは一緒なんですけど、「ネットがある」というところが圧倒的に違うなと思うんですよね。

 

秋山 でもインターネットに限らず、昔だったら凡夫がものを作ろうと思ってもレーザーカッターもないし3Dプリンタもないし、ミリングマシン(切削機)もないし。でも今は全部あるわけですよね。

 

津田 インターネットもそうだし、こういうデジタルな工作機械を使うと「制作物」もできるんだけど、同時に「つくりかた」もできてくる。図面もできるしプロセスもそう。それをネット上で共有していこうっていうことなんですよね。これまでの「つくりかた」とは広がりが違うんですよね。

 

中田 その地域だけではなくて、地球規模で広がっていくというところがありますよね。

 

秋山 Thingiverseというウェブサイトがあって、そこにはもののデータやその「つくりかた」も一緒に書いてある。Instractablesっていうウェブサイトはいろんな「やりかた」が集まっているとか。それを英語さえ読めれば共有できる。どこにいても「○○のつくりかた」がわかるようになる。ソファの直し方もわかるし、インターネットと会話するもののつくりかたもわかる。それってすごいことですよね。昔は熊さんの隣にいる八っつぁんしか教えてもらえなかったけど、今は僕がインドの人からものを教わることもできる。

 

中田 しかもそれが圧倒的に低コストで…というかほとんどタダでできる。3Dデータをダウンロードしてくれば、自分の家の3Dプリンタでそれが作れる。複製可能になってきているんですよね。

 

津田 熊さんが日本にいて八っつぁんがアメリカにいてもいいわけですよね。ただ時差があるっていうのがあって、さっきのFabacademyでいうと、ボストン時間の朝9時から12時でやるんですね。当然他の国はどんどんずれてくる。日本は夜11時から2時とかなんですよ。だから他の国と全然テンションが違うんですよね!他の国は昼だからすごいテンション高くて盛り上がってる中で僕らは一仕事終えて寝る前みたいなテンションで受けるんですけど…。そういうことはあるけど、世界中で瞬時にデータのやりとりができるっていうのはすごく大きいですよね。

 

中田 データの交換がタダでできることにはいいこともあるんですけど、作った人への利益の還元というのも難しいところで。

 

秋山 「儲からない」ってやつですよね。

 

中田 そうですね。作る人のモチベーションを維持するための、それこそサスティナブルな仕組みが必要なんじゃないかなと思うんです。

 

秋山 「儲からない」って問題はすごく切実な問題ですよね。儲からないものってダメなんです。最悪な言い方なんですけど…でも、インターネットの人やFabの人でも儲かってる人はいて。それって僕はすごく良いことだと思うんです。こんなこと言うと金の亡者だと思われるかもしれないんですけど。例えば今自分が作っている制作物って全然儲かってないんです。明らかに赤字なので、それで生きていこうと思ったら「まだ無理だな…」って思う。儲かりたいという気持ちもないわけではないし。今自分がこういうことをやってられるのは会社に時間を払ってものを作ってお金を得ているからできることなんですよね。

儲からない…。(笑)

 

津田 いろいろ考え方はあると思うんですけど、ひとつは物を売って稼ぐんじゃないというのはあると思います。サービサイズみたいな言い方とか、あるいはプロダクト-サービス-システム、PSSって言ったりしますけど…。ものを切り売りして稼ぐのではなくて、それを作る「時間」とか「体験」とかに値段をつけていくというのはあるかなと思うし。

 

秋山 それをすごくナチュラルにやっている人ってもういると思うんですよね。先々週来てくださったはりーさんなんかはまさにその通りなんです。はりーさんはTwitterを通じて自分の作ったスカーフを売っているんですよ。すごくきれいで素敵なスカーフなんだけれど、それを買っている人はある意味スカーフを買っているわけではない。そのスカーフに込められたはりーさん自体の物語であるとか、あるいは「スカーフを買ったことによって発生するコミュニケーション」を買っている。そういう意味でも、ただものを売るだけじゃなくてその周りにある体験とか物語とかに値段をつけるというのは、やりかたとして良いなという気がしますよね。

 

arisaharada.com

 

中田 それは素晴らしい仕組みだなと思うんだけれど…やっぱりもう一歩欲しいなというところは「(アイデアなどの)無形のものに対して対価が発生する」ということに対して…ソフトとかテクニックとかに対してのリスペクトがまだまだ足りないなあと思います。

秋山 要するに「金払ってくれよ」っていうことですか(笑)。

 

中田 まあ(笑)平たく言うとそうなんだけどちょっと違うところもあって、「デザイナーなんだしちょっと絵描いてよ」みたいなことってあるじゃないですか。ソフトとかテクニックとかが軽んじられているというのはそういう時にも感じます。

 

Fabのそれから

 

秋山 いま中田さんが言ったとおりで、インターネットのものづくりにしてもFablabから出てくるものづくりにしても、多分「もう一つ」何かあるはずなんですよね。なんだろうと思って。

 

中田 企業のものづくりと違うところとして知的財産権の話があって。特許ですよね。何かを初めに作った人が独占的に使える権利で、使いたかったらそれに対してお金を払わなければいけないっていう…アイデアっていう無形のものに対して報酬を得られるという仕組みがもともとあるんだけど、Fablabみたいなところでやってることだとそれがなかなかやりにくいし、そもそも特許を出願すること自体が金銭的にも手続き的にもすごくハードルが高くって、個人で出そうと思ってもほとんど無理ですよね。

 

秋山 いくらぐらいかかるんですか?

 

中田 弁理士さんに頼むと1件出すだけで20万とか30万とか。

 

秋山 すごいリアルな金額ですね。

 

中田 しかもそれがペイするかっていうとそんな保証もないわけで。僕は全然専門家とかではないんですけど、今の特許制度みたいなものは完全ではないと思います。

 

津田 Fablabの中にも「Fablab Japan Network」というのがあって、それは組織ではなくてネットワークなんですけど、メンバーには国内のFablabの運営者の他に法律面を考えていく「Fabcommons」というチームがあって、弁護士の方や特許庁の方もいたりとか。そういう風に法律とかも作ってかなきゃいけないというのがありますね。Fablabも、「Fablab」を固有名詞として商標を取ったんです。それは権利を守るため、独占するためじゃなくて良い運用をするために取った。

で、それをオープン・トレードマーク・ライセンスにしたり、色々と枠組みを作って試しているんです。法律的にもちょっと試していることがあったりして。「クリエイティブ・コモンズ」とか、既存の仕組みはあるんですけど、それは著作権についてのものなんですよね。やっぱり特許みたいなものは色々と難しい。3Dプリンタなんかも最近盛り上がっているのは結局特許が切れたから。それがブレイクスルーなんですよね。

 

fabcommons.org

 

そういう風に、守られている間はそれに手を出せないという部分もあって。特許に関してはこれからだと思うんですけど、著作権に関して言えば、著作者が自分の作った著作物に対して「こういう風に使っていいよ」ということを自分たちで決められるようになったらいいなと。ただ最近の議論で、作った人じゃなくてもそれを申告できるようになるっていうとそれはまた別の話で、僕らはそういうことについてもアクションしていこうとしているんですけど。

 

秋山 本当に真逆の力が働いていますよね。企業の場合、「うちはこんなに良いものを作った。他社に作られると損だから絶対に内緒にしておこう。技術も真似されちゃったら嫌だから特許を取って保存しておこう」と。でも逆にFablabみたいなところではオープンにしていく。「こんなものを作ったからみんな見てくれ。それを下敷きに何かしてもいいよ」みたいな。お金は得られなかったけど、沢山の人が見てくれたということ自体が良かったということもあるし。

アメリカの個人用3Dプリンタを作っているメーカーで一番有名な「Makerbot」という会社があるんですけど、そこは自社製品の中身を公開していて、改造したり直したりしていいですよという風にしていたんです。それを「オープンソースハードウェア」って言うんですけど、でもある日「いままではそういう方針でやってきたけど、もっと成長したいのでちょっとクローズドに(秘密に)させてくださいよ」と言ったんです。その時に「おいおい」っていう議論がすごく巻き起こったらしいんです。それすごいなと思ったんですね。「おいおい」ってなるんだ!という。

 

中田 普通の企業だと普通にやってることなんだけど、なんかみんな「期待してたのに裏切られた…」みたいな感じになってましたよね。

 

秋山 そうそう!「俺たちのMakerbotがそんな姿に…!」みたいな。

 

津田 さっき話に出たThingiverseMakerbotは連携してるから、Thingiverseに投稿されたものはどう扱われるんだとかいろんな問題がありましたね。

 

秋山 でもその問題も、Makerbot側の言い分は分かるじゃないですか。利益を出そうと思ったらある程度は囲い込んでやらなきゃいけないし、いつまでもヒッピー的な理想郷に生きてるわけにもいかないし。折り合いを取っていかないといけないんだろうなということは感じますよね。

 

中田 今がその過渡期っていうのがあって、なかなか仕組みがまだ追いついていないんです。法律関係の人たちも一生懸命頑張ってくれているけど、回していけるだけのシステムが確立されていないっていうのはでかい課題です。

 

津田 法律もそうだし、その前提となる「権利の主張」って世界中ですごくされてるんです。「直す権利」とか「作る権利」とか。いろんなマニフェストが掲げられている状態ですよね。

 

秋山 お店で売っているものには「分解しないでください」って書いてありますもんね。「警告:分解しないでください」みたいな。

 

中田 へえー。そうだっけ。

 

秋山 説明書とか読むと全部書いてあります。分解した場合保証は効きませんよとか。

 

中田 ちょっと話変わっちゃうんだけど、昔の電子レンジとかって側面に貼ってあるステッカーに回路図が載ってたりするの、ない?

 

秋山 えっ? うちのやつはそんなことないですよ。

 

中田 15年くらい前のやつだと…ありますよね。サービスマンがあれを見て直すためにあるのかなとか。

 

秋山 昔のラジオ少年みたいな人だと、そういうのすぐに直せちゃいそうですよね。

 

中田 そういうのを見かけた事があって、「これってオープンソースハードウェアなんじゃないの?」って。

 

秋山 昔はやってたと。

 

津田 やっぱりエレクトロニクスが入ってきてからがらっと変わったんですよね。その前のメカトロニクスというか、機械じかけのものって中が分かるんですよね。だから修理できる。エンジンとかまではできるんですよね。でも今は電子制御になってすごく修理に対する敷居が高くなってしまった。

またすごい話変わりますけど、小豆島で飛行機を作ってた人がいるんですよ。水上機。今はもう亡くなられてるんですが、自分で工房も作って飛ばしてた向井さんっていう方がいらして。その方はフォルクスワーゲンから取ってきたエンジンを積んでプロペラ回して飛行機を飛ばしていた。紅の豚みたいな世界ですよ。

紅の豚の場合はフィオって女の子が設計して主人公のポルコが操縦するんだけど、向井さんの場合はエンジニアと操縦者が一緒なの。しかも、高松の方の飛行場に行けばちゃんと飛べるんだけど、滑走路を予約するのが面倒だから海の上で離着陸できるようにしたりとか、そういうところまで自分で作っちゃってるんですよ。

 

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中田 すごい。

 

津田 その人は自動車の整備士だったんです。だからメカトロニクスは理解できるし、飛行機でさえ自作できる。でも電子制御が入ってくると難しくなっちゃって手に負えなくなってしまうんです。

 

秋山 ちょっと前の世界を題材にした映画とかだと、車がブスンって止まっちゃって「なんだよこのポンコツは!」とか言いながらボンネットを開けてグリグリやるシーンって自然にあるような気がしますね。

 

津田 ちょっと宣伝になるんですけど、このギャラリーの河上さんも関わってる「茨木と小豆島」っていう冊子に「ネイティブ・ファブリカントを訪ねて」ってコラムを書かせてもらってて、それに先ほどの向井さんの話を書くのでぜひ読んでください。茨木市と小豆島って姉妹都市なんですよ。両者を結ぶ「親善大誌」としてフリーペーパーがあって、1号目が「小豆島と茨木」で、今年出る2号が「茨木と小豆島」なんです。そのフリーペーパーはここで配ってるので、ぜひGLAN FABRIQUEに来てください。

 

秋山 皆さんぜひチェックをお願いします。

…本当にさっきの通りですよね。車のフタを開けて直す人はいるけど、スマートフォンが壊れたからってその場でカバーをこじ開けて直すみたいなことはできないし。限界がありますよね。

 

津田 「iFixit」っていうサイトがあって、そこにはMacbookとかiPhoneとかの修理の仕方がとっても丁寧に書いてあるんです。でもやっぱり基板の細かい部分までは直せないんですよね。

 

jp.ifixit.com

 

秋山 部品を買ってきて、こういう風に交換したら直せますよということですよね。

 

中田 電気製品の中身がどんなモジュールになっているのかとか、壊れたときにどこを交換すればいいのかがわかるサイトですね。

 

秋山 (iFixitをスライドに映しながら)これすごいですよね。部品も売ってるし…

 

中田 部品も売ってるし、iPhoneをこじ開けるための専用の治具みたいなものも売ってる。(笑)傷つかないように開けるマイナスドライバーみたいな形をしたようなやつとか。

 

秋山 津田さんと最初にお会いした時にこれ(iPhone)が割れたので修理したいと思います。

 

津田 最初に会ったとき…あ、こないだ?

 

秋山 はい。この間飲んだ時に…。

 

津田 いや、最初に会った時は電化美術の展示ですよ。暗がりで展示してたランプみたいな作品を出してた。真っ暗な部屋で、作品に光を当てると音が出るっていう。

 

秋山 それを見ていただいて。

 

津田 あの時は自己紹介してないから誰だかわからなかったと思うけど。

 

秋山 でもなんとなく認知してました。その界隈の方なんだなっていう…。で、調べてみたら津田和俊さんという人がいることが分かって。すごく…野生っぽいことをされているという。

 

津田 そのときに「春琴抄」の話をしたんです。それと「陰翳礼讃」と。覚えてます?

 

秋山 覚えてないです。ごめんなさい。

 

津田 谷崎潤一郎の「春琴抄」と「陰翳礼讃」という有名な作品があるんですけど、それを組み合わせた舞台があるんです。深津絵里が主演やってるやつ。秋山くんの作品をみてその舞台を思い出したんです。で、その話をしたんです。

 

http://keitaakiyama.com/post/69484169115/映響機-magic-lantern-of-sound-2013-wood-glass

keitaakiyama.com

 

秋山 …ごめんなさい。(笑)

 

津田 (笑)でもいい作品だった。

 

秋山 ありがとうございます。僕がつくりたいものも、ハイテクなものを目的にしてるわけではなくて、その先に…「ずうっと大昔の毛の生えた猿みたいな人が洞窟で火にあたって、あったかい」みたいな強い体験をもったものを作りたいと思っています。

 

プリミティブ・センサー

 

中田 秋山くんの作品を見て毎回思うんだけど、どんどん遡っていってるなって(笑)流木に釘打って回路を作ってみたり、空き缶くっつけたりとか。

 

秋山 そうですね、どんどん時代を遡って、というか先祖返りしていってる。

 

津田 なんで気が合う感じがするか分かった、今!

僕もクラブイベントで洞窟に達磨の絵を描いたことがあるんですよ。達磨の大きな絵を描いてパフォーマンスしたことがあって、そこにホッカイロをバーンって貼っていく。「あったかい絵」を、っていう…

 

一同 (笑)

 

津田 来場者みんなにカイロを配って、ペシペシ貼ってもらうみたいなのをやったことを思い出しました。

 

秋山 「この絵を見るとあったかい気持ちになる」とかじゃなくて、物理的にあったかい。

 

津田 その前でジャズを演奏するっていうイベントでした。

 

秋山 それはもう、すごくあったかいですね。(笑)

…中田さんの作品もそうですけど、「今あるものだけがすべてじゃないぞ」っていう態度というか、そんなところはこの3人で共通してるポイントかもしれないです。今あるものは氷山の一角で、その裏にはあんなものもこんなものもあるんだけどみんな見えてない。それを自分だけでもなんとかして見たいという姿勢、って言うんでしょうか。

 

中田 看過してるというか、「見えてない」っていうより「隠してる」って感じかもしれない。いいところだけを見せるというか。製造業はそういう業を抱えてますよね。

 

秋山 そんなことをしていてすみませんという感じですけれども。(笑)

 

 

秋山 今日話したかったことの一つに「身体性」というトピックがあります。人間は体を持って生きている以上、いくらインターネットが進化しても自分の身体性を切り離すことはできないと思うんですよね。

よくSFで、自分の人格を全部ネットに流出させてしまって、体はないんだけどなんとなく存在しているみたいなテーマってあると思うんですが、僕はそういうのって面白くないんじゃないかと思うし、そういうバーチャルな体験に全然興味がないんです。握手とかできないし、髪の毛とかも生えてないわけじゃないですか。全然良くないと思うんです。

僕は決して体が丈夫な方じゃないんですがそれ故に感じる身体性みたいなものがあって。「低気圧が来てて頭が痛い」とか…。そういうのって、強い人って分からないものなんですよね。それは一方で「強くて便利」なんですけど、逆に考えると「センサーが鈍い」という言い方もできますよね。ひがみっぽい言い方ですけど…。

 

中田 多分そういう繊細な人はセンサーの感度に優れてるんですね。津田さんが水の温度で季節の移り変わりを感じるみたいに。

 

秋山 ライフラインを断ち切ることによってそういう状態を作り出しているってことですよね。

 

津田 昨日僕、大阪で写真家の津田直さんっていう方の講演会を聞きに行ったんです。ミャンマーの「ナガ」っていう場所に住んでいる方をフィールドワークしたものを作品にしていたんですけど、そこは寒い地域なのにタンクトップ一枚くらいの薄着の人がいるって言ってたんですよ。それはなんでなんだろうっていうのを考えた時に、感度っていうかセンサーの鋭敏さを保つためなんじゃないかと話されてたんです。服とか「技術」をまとっていたら気づけないような気配を皮膚感覚で感じることができるからなんじゃないかって。ちょっとそれはつながるかなって。

 

秋山 ビンビンにつながりますよ。

 

中田 衣食住の「衣」の部分をあえて取っちゃってる。

 

秋山 僕らのいつもの生活が「ものすごく保護されたもの」と考えることもできますよね。もし今日外に服なしで出たら、僕は明日ぐらいにはお亡くなりになってるんじゃないかと思うんですけど、(笑)でも服を着てるから大丈夫っていう。

 

中田 服も着てるし、屋根のついたところにいて暖房つけてるし。

 

秋山 でも「それだけじゃない」っていう。

 

津田 センサーのついたデバイスっていろいろあるけれど、僕らの体にすでについているってことだよね。

 

秋山 皮膚の感覚であるとか、目とかいろいろついている。

 

未来のいるところ

 

秋山 今日はあの話もしたしこの話もしたしと、良い意味でとっちらかってたなと思います。多分Fablabとかこれからのものづくりっていうのは、「こうだからこうなっていいものができました」という直線的なプロセスではなくて、同時多発的にいろいろなことが起こって、そのカオスの中からなにかがもやもやっと生まれてくるようなものになるんだと思います。

ある目的に対してひとつの方法しかないのではなく、多くの選択肢がある状態。それを与えてくれることが、Fabっていう力のすごいところかなと思うんですよね。未来は前にだけあるんじゃなくて、横にもあるし上にもあるし後ろにもあるっていう。今後、自分の作るものにそういう力が備わっていったらいいなと思います。お二人にも今日お話を伺えて本当によかったなと思います。

 

津田 もう終わるの?

 

中田 すごいキレイにまとまった的な…。(笑)

 

秋山 時間がそろそろあれなんですけど、(笑)最後にこれだけは言っておきたいということがありましたら、お願いします。

 

中田 過不足ないですね。(笑)

 

津田 …「とっちらかってることの可能性」ってやっぱりあるんですよね。Fablabを日本に広めた中心人物の田中浩也さんがおっしゃってることなんですけど、「creative mess」っていう言葉があるんですよね。創造性のある混沌というか、とっちらかってる状態。散らかってるんだけどそれがあるお陰で次の想像力を生むという。この展示みたいな感じですよね。

 

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秋山 この展示はあえてとっちらかってる感じにしたんです。

 

津田 坂口安吾の部屋みたいな、こういうとっちらかってる感じがあって、そこから何かを拾っていく。拾っていくのはもちろん自分たちがそれぞれに拾っていけるっていうか。だから…すごく良い展示だったと思います。

 

秋山 ありがとうございます。(笑)お褒めの言葉を頂いて光栄です。

中田さんはいかがでしょう。今後のデンビの活動も含めて…

 

中田 そうですね、最初に紹介した「人の知覚」みたいなところはずっと興味があるし、あとやっぱりメーカーに勤めていて、人を騙しながら(笑)やってるんで、そこに対する責任というか、批判的な目を持ち続けていきたいと思っているので…ますますものを作りたくなった、今回のトークでした。

 

津田 もう一個いい?あとやっぱり、秋山くんの作品で特徴的なのは、植物というか、生き物を扱っているところだと思うんですよ。Fablabも、流れとして「how to make」だけじゃなくて、「How to grow almost anything」っていうのを言い始めててるんですよね。育つものとか成熟するようなもの。

 

Bio Academy —HTGAA

 

生命を持ったものまで作れないかという。wet labとかBio labとかDIY bioとかいろいろ言葉はありますけど、メカトロニクス、エレクトロニクスだけじゃなくてバイオロジカルなところにも取り組んでいこうっていう話があったりしますよね。

 

〈生命〉とは何だろうか――表現する生物学、思考する芸術 (講談社現代新書)

〈生命〉とは何だろうか――表現する生物学、思考する芸術 (講談社現代新書)

 

 

Fablabっていうのはもともと「デジタルファブリケーション」(デジタルなものづくり)の実践と言われてるんです。僕たちはすごくそれを享受してるんですよね。パソコンもインターネットもみんなそうなんですけど、もとをたどればシャノンの通信の発明だったり、フォン・ノイマンの計算機だったり…。でも、自分たちの体にも、そもそもデジタルな要素が含まれているっていうのもあるんですよね。DNAと遺伝子とゲノムってあるじゃないですか。DNAは物質で、遺伝子とかゲノムとかっていうのは情報。それを組み上げるリボソームがあって生命がつながっていったり進化していったりするんです。で、それはデジタルな情報のやりとりにすごく近い。

だから秋山くんの作品とか次の展開っていうのはすごくいろんなところにあるなあって思うんですよ。いろいろ一緒にできたらいいですよね。

 

秋山 ぜひ。(笑)育てたいですよね、木とか。

すごく好きな小説で「木を植えた人」っていうのがあるんですよ。戦争でぐちゃぐちゃになっちゃった土地にひたすら木を植えまくったおっちゃんがいて、その人がいたおかげで—いまはそのおっちゃんはいないんだけど、綺麗な森が生まれたみたいな。すごくいい話だなあって。僕はすごく小さい頃にその話を誕生日プレゼントでもらって。今思えば母のすごいセンスだったなと。(笑)でもそういうことができたらいいなと思います。氷山の一角だけじゃなくて、もっと大きな視点で見て、あれもあるしこれもあるっていう…そういうところにアクセスできるものづくりができたらいいなと思います。

 

それから、ちょっと告知になるんですが、いまこの「想像力の談話室」の内容を全部原稿にしようという作業をやってまして…やってもやっても終わらないんですけど、でもなんとか終わらせて本を作りたいなと思ってます。今回の展示っていま津田さんが言ってくださったように、とっちらかって「なんにもない」んですよね。こんなすてきな作品ができたから見てくださいっていうものじゃなくて、こんなものもあるしあんなものもあるんだけど、まだ全部卵の殻を被った状態。

でも、それを一回かきあつめてみて、いろんな人に観てくださいっていう展示だったと思うんです。それを一回自分の中でグワーっとまとめてみて、一冊「薄い本ならぬ厚い本」を作ってみて、それをまた読んでもらいたいなと思ってます。自費出版というかZINE的なものになると思うんですけど。

で、この前にどんな未来があるのかわからないんですけど、みなさんと一緒にそれを見られたらいいなと、思ってます。

 

津田 哲学者の鷲田清一さんの『想像〉のレッスン』っていう本があるんですよね。その中に、「想像」とはなにか…それは、いまここにあるものを手がかりに、ここにないものをたぐり寄せる手がかりだ」っていう話があるんです。それを最後にちょっと。

 

〈想像〉のレッスン    NTT出版ライブラリーレゾナント015

〈想像〉のレッスン NTT出版ライブラリーレゾナント015

 

 

秋山 わぁ〜、ありがとうございます!

 

中田 さすがですね、大学の先生ですね。(笑)

 

秋山 ということで、津田さんに最後いい言葉を頂いたところで…

 

一同 (笑)

 

秋山 なんですか!?僕そんなに変なこと言ってないですよね!(笑)

…こんな感じで、とっちらかった展示であり、とっちらかったトークだったんですけど、その先になにかあるといいな、という回でした。

みなさま、本当にご来場いただき、この話にお付き合いいただきありがとうございました。また今後の展開をお楽しみに、ということで、一旦中締めとさせていただきます。ありがとうございました。

 

津田&中田 ありがとうございました。

 

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